佐倉哲エッセイ集

キリスト教・聖書に関する

来訪者の声

このページは来訪者のみなさんからの反論、賛同、批評、感想、質問などを載せています。


  ホー  キリスト  聖書の間違い  来訪者の声 

森田さんより

00年8月4日

はじめまして、こんにちは。元教会員の森田です。

わたくしは年間教会と関わっているのですが、疑問がむくむくと頭をもたげています。それは、近代聖書学と教義のおりあわせです。あなたもごぞんじの通り、聖書を理性に照らして考えようという動きが18世紀からあります。その批判学は、専門学問としての地位も確立しています。日本で一番権威ある批判学者は田川健三氏でしょう。次に権威のあるのは法政大学教授の高尾利数氏でしょう。

高尾利数氏は、クラシックを愛好し、ピアノも弾ける、奥さんを大切にし、健全なモラリストです。南部バプテストで聖書に疑問を感じ、アメリカの大学で神学を学んだ教授です。彼の、「自伝的聖書論」を読みますと、彼が、正当な本質的なキリスト教に対する疑問や教会の矛盾にいかに苦しんだかが痛いほど分かります。

彼はきわめて常識的なことを語っています。2000年前に死んだ一人のユダヤ人の血が人類を救う、とか死んで3日後墓から復活したとかはありえない、と。聖書を科学や理性や常識に照らし合わせると、いかに矛盾に満ちているか、を耽々と説きます。

僕は、キリスト教は、少なくとも信じている人にはいいのだろう、と肯定しますが、洗礼まで受けて失礼ですが、私の心の本質とはまったく正反対の、とても受け入れられないものだと分かりました。

八木重吉や、三浦綾子や、佐古純一郎氏や星野富広氏はキリスト教に生きがいを見出して救われました。けっこうなことです。しかし、もっと詩的な精神的な審美てきな自分の本質にあった自分を生かせる自由な空気を吸える思想を私は求めたいのです。

キリスト教には必然的に盲目性や排他性や独善性や攻撃性や判断停止や瑣末性や知性犠牲や抑圧や偽善性や不寛容が付きまとうおそれがある、と思うのです。

やはり宗教は自由ですから。

7年間ありがとう。





作者よりQ森田さんへ

00年8月19日

彼はきわめて常識的なことを語っています。2000年前に死んだ一人のユダヤ人の血が人類を救う、とか死んで3日後墓から復活したとかはありえない、と。聖書を科学や理性や常識に照らし合わせると、いかに矛盾に満ちているか、を耽々と説きます。

みずからの良心を麻痺させるほどの何かがなければ、とても、聖書に書かれていることをそのまま事実であると信じることはできません。いったい、キリスト教の何が信者の良心を麻痺させるのでしょうか。それは、大きな見返り(救い)の約束であると、わたしは考えています。それぐらいの見返りを得ることができるのでなければ、ひとはそう簡単にみずからの良心を裏切って、聖書に書かれていることを信じることなどできはしないと思います。


おたより、ありがとうございました。


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