佐倉哲エッセイ集

和の思想と個人主義

--- 国家政治の基本思想 ---

佐倉 哲


日本はどちらの道を歩むべきだろうか。和の道か、個人主義の道か。わたしは本論文において、和の思想とは何なのか、個人主義とは何なのか、また、それらはそもそも比較するに足る条件を備えているのか、などという疑問に答えることによって、比較のための基礎作業をおこない、その基盤の上で、和の思想と個人主義の類似点と相違点を明らかにしたいと思う。

1996年5月15日発表
1997年3月22日更新



はじめに

数年前、日本の未来をテーマとするあるテレビの放送で、「和を以て尊しとなす」という和の思想は、個人が自分の意見を主張せず、集団に追従してゆくことだから、改めるべき悪い日本の習慣である、というようなことを元出雲市長の岩国哲人氏が語られていた。また、確かその番組の司会者であった評論家の田中直毅氏も、現在日本に必要なのは「個の確立」である、とも語られていた。日本の明るい未来は、古い和の思想を捨てて、個人主義に切り替えるところから始まる。今日、そういう考え方の人が多いように見受けられる。

しかし逆に、和の思想がなくなることに大きな危惧を感じている人たちもいる。例えば、哲学者の梅原猛氏は映画監督伊丹十三氏との対話の中で、「和の社会を失ったら、もう日本はいいところがなくなっちゃうでしょう」と語られているが、伊丹氏も「それで僕は大変危機感を持っております」と、同意されている。

日本はどちらの道を歩むべきだろうか。和の道か、個人主義の道か。わたしは本論文において、和の思想とは何なのか、個人主義とは何なのか、また、それらはそもそも比較するに足る条件を備えているのか、などという疑問に答えることによって、比較のための基礎作業をおこない、その基盤の上で、和の思想と個人主義の類似点と相違点を明らかにしたいと思う。


和の思想とは

和の思想とは、もちろん、聖徳太子の作として知られ、「和を以て尊しとなし」で始まる十七条憲法の思想のことである。ところが、十七条憲法のこの思想は、一般に信じられているように、個人が自己主張すること否定し、皆と同じ考え方や行動をすることを勧めるものでは決してない。そういう風潮が日本にあるのは確かだけれど、それは十七条憲法の和の思想とは根本的に異なっている。本論文で扱うのは、風潮としての和の精神ではなく、七世紀の日本に現れた国家憲法の基本思想としての和の思想である。

和の思想はその基本的構造が十七条憲法の第一条、第十条、第十七条にかなり明確に示されている。第一条にその本質が語られるけれど、特にそれは、「和を以て尊し」となすその目的は何かを説明した、第一条の最後の部分に示される。つまり、

上下のものが仲睦まじく、事を論じ合えば、理が通るようになり、そうすれば何事も出来ぬことはない。
とするところである。ここには、国家共同体を運営してゆくために必要と信じられる最も基本的な思想が語られている。つまり、和がまず確立すれば、論議が可能となる。論議がなされれば理が導き出される。理でものごとを進めれば国家共同体の運営がうまくできるはずである、という考え方である。言い換えれば、国家共同体の運営は理でなされなければならないけれど、その理は論議から生まれてくる。そして、そのような論議を可能とする場こそが「和」である、というのである。これが十七条憲法の和の思想の核心となるところである。

それでは、どのようにしてそのような和を確立することが出来るのであろうか。それは、何が和の敵であるかを明確にすることによって明らかになる。和の敵とは論議を不可能にするものなのである。ではいったい何が論議を不可能にするのであろうか。それは、自己の考え方を絶対化し、それを他に押しつけることができるとする独善主義である。このことに関して論じたのが第十条である。

心の怒りを断ち、おもての怒りを棄てて、他人が自分と違うことに対して怒りをもってはならない。人はそれぞれ心に想うところがあるのであり、他人が良いと思うことを自分は悪いと思ったり、自分が良いと思っても、他人はそれを悪いと思ったりするものである。自分だけが聖人で他人は愚人である、ということはない。人は皆な賢愚合わせ持つ凡夫にすぎない。
つまり、人はそれぞれの心を持ち、その心はそれぞれおもむくところにおもむく。それゆえ、人それぞれ価値観が違い、しかもすべてを知っている完全な人間などいない。人間は皆「賢愚合わせ持つ」不完全な凡夫にすぎないのであるから、国家共同体を運営してゆくにあたって、独善主義を捨てて、自分と違う意見を持つ者に対して寛容でなければならない、というのである。つまり、凡夫の自覚によって培われる、意見の相違に対する寛容が論議を可能にする場を作り出すのだ、という思想がここには語られている。人間のこころの自由性、価値観の多様性、知識の不完全性、これらが和の思想の基本的人間観であり、和の思想がよって立つ哲学的基盤である。

一体何故、そんなに論議が必要なのであろうか。それを語るのが最後の第十七条である。

もの事は独断で行ってはならない。かならず衆と論じ合うようにせよ。ささいなことはかならずしも皆にはからなくてもよいが、大事なことを決する場合には、あやまりがあってはならない。多くの人と相談し合えば、理にかなったことを知りうるのである。
これが、いわゆる十七条憲法の衆議の思想である。論議を行うのは、国家共同体の運営のために「あやまりがあってはならない」からである。これは第一条の「論ずれば事理が通じる」という部分と重なり合っているが、第一条では論議を可能とさせる和の確立の重要性が、ここでは具体的な衆議の実践の重要性が語られているわけである。また、第十条では人間の「愚」の側面を自覚させることによって独断主義を禁止したのであるが、ここでは、人間の「賢」の側面への慎重な信頼が現れているとも言えるであろう。不完全な、部分的知識でも、集まって批判・論議を交わすことによって、誤った考えが訂正され、部分的な知識がより完全になる、と考えるからであろう。このように、国家運営の重大な決定は必ず衆議によらねばならない、というのが和の思想の具体的な実践への結論である。それは国家政治における独善主義・独断主義・独裁主義の否定を意味する。

以上が、十七条憲法に書かれている和の思想の内容である。このようにして見てくると、和の思想が、人が異なった価値観や意見を持っていることに対する寛容の必要性と、彼らの論議への積極的参加と、その論議から導き出される理による国家共同体の統治 -- これら「和・論・理」の三段構造をその基本として持つ、きわめて合理的な政治思想であることがわかる。


個人主義とは

和の思想には『十七条憲法』があり、キリスト教には『聖書』があり、共産主義には『資本論』があるが、個人主義には、それを代表する書も思想家もない。このことは、なにが個人主義なのかを公的に定義する仕事に困難をもたらす。また、和の思想が明らかに政治思想であるのにくらべて、個人主義が同じように政治思想なのかどうかは大いなる疑問でもある。むしろ、人生観のようなものである、と理解した方がよい場合がはるかに多い。もし、個人主義が、国家共同体の統治に関知しない、単なる「生き方の方針」のようなものなら、和の思想と個人主義との比較はまったく無意味であろう。それは「サッカーと相撲を比べてどちらがより強いか」などというような無意味な比較となってしまうからである。

例えば、夏目漱石の『私の個人主義』にでてくる「自己本位」の概念を見てみると、それは国家共同体の統治の方法に関する思想ではなく、彼の文学に対する価値観あるいは態度のことであった。ある英文学作品が自分にはつまらないものであると思われるときは、たとえ本場のイギリス人の批評家がそれをすばらしいと賛美しても、彼らに同調して自己の価値観を無理矢理変える必要はない。自分が見てつまらないものはつまらないのだ、という決意が漱石の「自己本位」の意味であった。ここで言う個人主義は明らかに政治思想ではない。

しかし、個人主義はきわめて影響力のある政治思想としての一面を持っているのである。それは、個人主義と利己主義を比較することから明らかにされる。個人主義の主張者は、それを利己主義と明確に区別している。両者は、自分の利益と自由を追求することを最重要視する点において共通しているが、そのために他人の自由が損なわれることを意に介さない利己主義に比べて、個人主義の方は他人のそうする権利を奪うことを禁止するものなのである。利己主義から区別された個人主義は明らかに共同体全体が守るべき規則を含意するものなのである。そこに個人主義の政治性があり、わたしは、いわゆる「人権思想」と呼ばれるものこそ個人主義の政治思想に他ならないと考えるのである。

この個人主義の政治思想をさらに洗練し、個人の人権を守ることこそが政府の仕事であると規定したのが、トマス・ジェファソン起草による1776年のアメリカの独立宣言である。そこには

我々は、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、創造主によって、誰も奪うことのできない生来の権利を与えられ、その中には生命、自由、および幸福の追求が含まれることを信ずる。またこれらの諸権利を守るために人間は政府を樹立すること、そしてその権力は被治者の同意に由来するものであることを信ずる。そしていかなる政治の形態といえども、もしこれらの目的を毀損するものとなった場合には、人民はそれを廃し、彼らの安全と幸福をもたらすべきと認められる主義を基礎として、そのような権限の機構をもつ新しい政府を樹立する権利を有することを信ずる。
という表現で、まことに簡潔に美しく個人主義の政治思想が表現されている。このなかで、ジェファソンは、個人は「生命、自由、および幸福の追求」などの基本的諸人権を神から与えられ、それゆえ人間が持ってて生まれた諸権利は誰によっても奪われることが出来ない神聖なものであること、そして、個人の持つそれらの諸権利を守るためにこそ政府というものが組織されるのだと主張する。それに加えて、その政府は統治される民の同意に由来するという民主主義政府でなければならぬことを主張し、人権保護の目的を全うできない政治形態はそれを変えることの出来る革命権利を人民が所有することを主張するのである。このような理論により、英国からの独立を正当化したのであるが、国家共同体というものがどうあるべきであるかを示す基本思想がここに語られているのである。ここに見られる人権思想はジェファソンの独創ではなく、シドニーやロックの思想の引継であるが、その論理的明確さとそれが政治思想史に与えた影響の大きさを考えるとき、「独立宣言」はまさに人権思想を代表する文書であるといってよいであろう。以下、本論文においては、個人主義の政治思想と人権主義を同義として取り扱い、とくにジェファソンの独立宣言に表現されている政治思想を指す。


人権思想の論理的構造

この「もって生まれた権利」という人権(human rights)の概念は、ジェファソンの独立宣言が明言しているように、創造主(ゴッド)のような超越的存在を論理的に要請する。それは、国家共同体がそのメンバーに保証する民権(civil rights)とはまったく別の種類のものであり「人間の造った法」に対して「自然法」とも呼ばれているものである。市民権が、選挙権とか男女同権とかのような共同体内のメンバー相互の約束事であるのに対して、人権というものは、人間相互の約束事ではない。共同体がそれを認めようが認めまいが、生まれてくるすべての人間に備わっている自然の権利、という意味なのである。「自然の」とは、もちろん、「神の与えた」という言葉を現代的に言い換えたものである。(「人権と民権」参照)

国家の法律といえども人権を蹂躙することはゆるされない、と主張するためには、人権は国家の法律、つまり人間どうしのいかなる約束事、より上位の権威によって賦与されなければならない。それ故に、人権はゴッドのような超越的存在によって与えられたものでなければならないのである。人権思想の超越性は、そのように、人権思想がその主張をするためには論理的にどうしてもなくてはならない必要条件、大前提である。人権思想とはそれゆえ人権神授説であると言えるであろう。


共通点

以上簡単に、17条憲法と独立宣言という、国家建設の礎を定めようとする二つの政治思想によって、和の思想と個人主義(人権思想)の定義を試みた。次にこの基盤の上に、この二つ思想のの比較を試みてみよう。まず、和の思想と個人主義が共有している最も大切な共通点は、個人あるいは集団が自己目的を貫くために他人を不当に踏みにじってはならない、という点である。個人主義によれば、個人の基本的人権を護ることこそが政府の目的である。和の思想によれば、個人の価値観の相違に対する寛容こそが「和」の意味である。和の思想と個人主義(人権思想)がこの点で共通しているのは、考えてみれば当然のことといえるかもしれない。なぜなら、いかなる共同体社会であろうとも、それをいかに運営するかにという基本的方針を定めようとすれば、共同体内の個人や集団の闘争を制御しなければならないからである。和の思想も人権思想も、結局、個人を不当な攻撃から護るためのものである。それは、文明社会が野蛮社会から区別されるための最低条件であるからである。

個人主義と和の思想が共有するもうひとつの大切な共通点は、衆の同意によって共同体運営の方針決定がなされなければならない、という民主主義あるいは衆議思想と深い関わりを持っていることである。個人主義とは、君主や貴族だけがもっていた国家を運営する特権が実は個人一人一人にあるのだ、という主張のことである。そして、個人の人権を尊重できない政府は人民がこれを倒す革命権が人民にあるとする。したがって、政府は民意によってその権力が付与されるとするのである。和の思想においては、特定の個人や団体が自己の意志を他人に押しつける独善主義を禁じて、国家政治の方針決定には必ず衆議によらなければならないことを主張する。「それ事は独り断むべからず。かならず衆とともに論らうべし」と。和の思想とは国事において独善主義・独裁主義を否定することを意味するのである。


相違点

以上が和の思想と個人主義のもっとも大切な共通点である。次に相違点を見てみよう。先ず第一に、和の思想も個人主義も個人にたいする不当な攻撃を禁止するものではあるが、その論理的根拠付けがきわめて異なっていることである。個人主義(人権思想)では、ゴッドが与えたものとして持って生まれた諸権利の神聖さゆえに、他人がそれを剥奪することは許されないのだ、と根拠付けする。一方、和の思想では、人の価値観は相対的なものであり、しかも人知は皆不完全である(人間皆凡夫)ということから、人間は誰も自己の価値観や意志を絶対化してそれを他人の上に押しつけることはできない、と根拠付けする。いわば、個人主義は(攻撃の対象となる)個人を神聖化することにより、和の思想は(攻撃しようとする)個人を非神聖化することにより、(個にたいする不当な攻撃の禁止という)同じ目的を達成しようとするのである。この根拠付けがきわめて対照的なのである。

この根拠付けの相違は、日常性と超越性の違いと言い換えてもよい。「人間皆凡夫」や価値観の相対性などは、自己省察および日常の経験を根拠として生まれたものである。それに対して、人権思想は、明らかに、人間の経験を越えた神秘的、絶対的存在への信仰を根拠として生まれたものである。この二つの思想が依って立つ基盤の日常性と超越性の違いこそが、和の思想と個人主義のもっとも大切な相違である。

第二の相違点は、民主主義あるいは衆議の思想との論理的関係に関するものである。和の思想も個人主義も、国家運営の方針を決めるのに衆意によらねばならないことが主張されている。しかし、個人主義では、人権思想と民主主義の関係は、政治的かつ歴史的なものであり、論理的に必然的なものではないのに対して、和の思想と衆議思想との関係は論理的かつ必然的なものとなっている。つまり、個人主義においては「生命、自由、幸福の追求」などの基本的人権が尊重されさえすれば、政治形態は別に民主主義でなくてもよいけれど、人間の不完全性を重要視して、凡夫思想を根拠にする和の思想においては、独断主義・独裁主義はその根拠を持たず、したがって理による統治を行うには必ず衆議でなければならないのである。

この第二の相違点は少し分かりにくいかも知れない。しかし、大事な相違である。わたしたち日本人は民主主義を西欧キリスト教文明国家から受け入れたので、民主主義と人権思想は切り離すことの出来ないものと通常思っているが、実際には、民主主義と人権思想はもともと別々の思想であり、近代西欧における民主主義は、ルネッサンスと啓蒙主義運動を通して目覚めた古代ギリシャの民主主義の復活であった。西欧文明というものを、古代ギリシャ・ローマの文明であるヘレニズムと、ユダヤ教・キリスト教の文明であるヘブライズムという二大源流の発展として見つめるとき、民主主義はヘレニズムの遺産であり、人権思想はヘブライズム の遺産であると言えるであろう。しかし、もっと正確に言えば、人権思想というものは、近代西欧の知識人たちが、彼らのキリスト教伝統社会にギリシャ文明の民主主義を導入することをキリスト教的に正当化するために、中世のたとえば王権神授説のような思想に対して、後から生み出した新しい政治思想なのである。つまり、民主主義の成立にはキリスト教は必要ないのであって、キリスト教社会に認められるような形で民主主義を取り入れるためにキリスト教的理屈をつけて生み出された思想が、この「神は人類を平等に造りたもうた」という人権思想だったのである。

人権思想と民主主義とがまったく別の思想であることを手っ取り早く理解しようと思えば、現代アメリカの信仰深いクリスチャンが信じているキリスト千年王国時代の思想を調べてみるのがよい。キリスト教には、人類の悪の歴史にラディカルな終わりが来るとき、イエス・キリストが再びこの地上に戻ってきて、キリスト自身が王として千年間支配する新しい時代が来る、という終末思想がある。それが「キリスト千年王国時代」の思想である。彼らにとって、きたるべき未来の社会は民主主義社会ではない。民主主義社会における人権尊重は不完全であるが、「民主主義社会よりもっと良い」愛と正義によるキリスト独裁社会においては、すべての人の人権は完全に尊重されるからである。すべてのクリスチャンがそのような「キリスト千年王国時代」の到来を信じているわけではないけれど、日本人には信じがたいほど多くの現代アメリカ人がそう信じている。そう信じることが可能なのは、人権思想と民主主義には必然的関係はないからである。

また、民主主義とは人民が国家の方針を決定する主体であることを主張する思想なのに、戦後日本の憲法や政治体制のように、アメリカ人が民主主義を人民に強制する、という奇妙な事態も起き得たのも、実は、人権思想と民主主義の間には必然的関係がないからあり得たのである。アメリカ人は、いかなる民主主義的良心をもって、他国の人民の憲法を作り、他国の政治体制を押しつけることができたのか。その回答が、わたしの考えによれば、「人類普遍の原理」という名の人権思想だったのである。人類普遍の原理という「神の言葉」によって、アメリカ人草案者たちは彼らの民主主義的良心を乗り越えることができたのである。人類普遍の原理なら、誰が誰の法律を作るかというようなことは、ほとんど意味のないことだからである。人権思想と民主主義は、論理的に見れば、まったく別の思想なのである。

人権思想と民主主義とが、このように、別々に成立する思想であるのに比べて、和の思想と衆議主義は論理的に切り離すことは出来ない。ただ、和の思想は政治思想として産み落とされただけで、実際には、天皇主義や武家政治の影に隠れて、国政の第一原理として充分に育て上げられることがなかったゆえに、その衆議思想は、西欧の民主主義のような政治機構として、日本の社会に結実することはなかった。それでも、古代日本国家の「大夫(まえつきみ)会議」を初めとして、幕政の老中会議はもとより、近代の天皇主義の真っ直中においてさえ、日本の社会がさまざまなレベルで会議重視の決定機関を設けたのは、十七条憲法に見られるこの衆議思想の伝統が、広く日本人の心の奥深く根付いていたからであろう。また、明治の維新政府の建国宣言とも言える「五箇条の誓文」は、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」と、会議と公論による決議を重視する国家づくりを宣言したが、これは、国事は独断ではなく衆と論じて決定せよ、という十七条憲法の衆議主義が、さまざまな社会変革を乗り越えて、日本政治思想の底流に生き続けていたことを示すものであろう。

日本国家の政治史のほとんどのページが、天皇主義や幕府主義のような、和の思想とまったく相反する政治思想を第一原理とする政体に支配されてきたにもかかわらず、会議を重視する衆議主義がそのなかで根強くいき続けてきた事実には理由がなければならない。日本人が衆議主義を捨てることがなかったのは、あるいはまた、天皇陛下の勅令でも幕府の国家政策でもないにもかかわらず、民衆から国家の政策にかかわる者に至るまで、「和」というものを日本人が価値あるものとして現代に至るまで受け継いできたのは、聖徳太子や十七条憲法がそれを教えたからではなく、もっと根本的な何か、つまり、日本人の人間観にあると考えなければならないと思う。それが、人間は純粋に賢人でも愚人でもなく、賢愚あわせもつ「凡夫」である、という人間の見方である。それは人間を「悲しい存在」として見ると同時に、そういう人間を受け入れる無言の相互理解の上で人間関係が成り立っていることを意味するものであって、日本を代表する宗教や芸術にも深く浸透している人間観なのである。このような人間観を持つ社会では、神からの絶対的真理を預かっている預言者の言葉ではなく、相互の話し合いによる決着が、その決定機関とならざるを得ないであろう。和の思想にとって衆議主義は論理的に必要とされているものなのである。そして、このような和の思想の衆議主義との論理的結びつきが、民主主義とそのような論理的結びつきを持っていない人権思想との第二の大きな相違点となっているのである。


日本における個人主義と民主主義

わたしたちは沢山のものを他人から与えられることができるけれど、他人からは決して与えられないものがある。それが独創性であり自由であり自立である。これらは他人から与えられることを自ずから拒否することによってのみ成立するものだからである。これらは「真似ること」を止めたときはじめて可能となるものである。ところが、民主主義の目的のひとつは人民の自由と主体性であるのに、日本の民主主義は強制されてできたものである。しかも、真似ることによって民主主義が達成できる、とわたしたち自身が思い込んできたのである。しかしそれは、限りなく本物に近いニセ札を作る努力にも似ていて、どんなにその姿が本物に近づいても、その価値はいつまでたっても本物に近づくことはないのである。民主主義とは人民が主体となることなのであるから、決して与えられるものではなく、真似て達成できるものでもないからである。

日本の民主主義の確立に於けるほとんどの問題、すなわち、天皇主義も軍国主義も、また現在問題とされている官僚主義も、突き詰めて言えば、日本において「人民による」政治の思想が確立していないことに帰するのである。「人民のため」という名目で、アメリカ人が上から決定を下したように、日本の官僚も上から決定を下しているのである。それは「与えられた民主主義」の本質なのであって、日本に於ける民主主義の原罪とでも言うべきものである。同じように、個人主義というものも、自己が主体となることであるから、与えられるものでもなく、真似て達成できるというものでもないであろう。維新以来続けてきた西欧風個人主義の輸入(いわゆる「近代的自我」の確立)の試みこそ、いまでも日本において個の確立も民主主義の確立も十分に達成できていない原因だったである。(人権思想、つまり西欧風個人主義の日本化が不可能であることに関しては「人権思想と日本」を参照。)

したがって西欧風の個人主義(人権思想)を日本に輸入さえすれば、個の確立とか民主主義の確立ができると考えるのは、本質的な間違いを犯していると言えるであろう。わたしたちが求めるべきものは、より本物に近い偽物ではなく、いかにみすぼらしくても、真正の本物でなければならない。本物の個人主義とは、あるいはまた本物の民主主義とは、世界のどこかにあるものではなく、わたしたち自身が、わたしたち自身の内的要求にしたがって作り出す、わたしたち自身の個人と共同体に関する思想のことである。「西欧イコール民主主義、日本イコール封建主義」というあまりにも皮相で単純な旧来の図式を棄てて、わたしたちは、わたしたち自身が価値として培ってきた「和」の思想とその可能性に関して、もっと素直に、もっと大胆に、思索を傾けてみるべきではないだろうか。それは、わたしたち自身を知るための努力でもあり、わたしたち自身を知ることこそ、個人主義や民主主義が約束する、自由への第一歩だからである。