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言の葉

(48)

「ここはぜったいに北条政子です・・・」


伊藤光晴、五味文彦、丸谷才一、森毅、山崎正和が選んだ「日本史を作った101人」の一人は、源頼朝を押しのけて選ばれた北条政子!なぜか。


丸谷:平安から鎌倉にかけてだと、後白河上皇とか、平清盛が出てきますね。

五味:後白河はいらないでしょう。時代の流れの象徴ですから。

山崎:清盛もいらないでしょう。

五味:ちょっと魅力は感じるけど、[日本史を作った代表的]百人には入らないでしょうね。

丸谷:そうだね。そして、鎌倉幕府を立てた源頼朝。これ入るでしょう。

山崎:頼朝もいらない。ここはぜったいに北条政子です。あるいは二代執権の北条義時。義時は良かれ悪しかれ道理というものをわが国に導入して、幕府を確立した男ですよ。

五味:道理ということなら御成敗式目を制定した息子の泰時をとりたい。

山崎:式目は泰時だけど、考え方の元は義時でしょう。ただ、そういうものをすべて含めて、北条政子一人に代表させていいんじゃないですか。

五味:政子は賛成です。でも、ぼくは頼朝も入れたい。夫婦で幕府をつくった。

山崎:だけど、頼朝って何をした人ですか。馬から落ちて死んだだけじゃないですか(笑)。実際に日本を動かしたのは政子でしょう。

五味:それまでの日本は、京都の朝廷を中心とした西の世界が、すべてを動かしていたわけです。ところが東国に幕府という、朝廷とはまったく違った形の政権ができた。この東国的なものが江戸までつながっていく。武家と天皇という政治の二重性の素地は、ここでできたのだから・・・。

山崎:そのご意見にはまったく賛成ですが、代表者は頼朝ですか。

森:ぼくは、どっちかといえば山崎説だなあ。頼朝よりは義時とかね。

五味:いやいや、義時には幕府はつくれないんです。頼朝と政子がドッキングして、はじめてできたことなんですよ。それは、頼朝に政子とドッキングするだけの独自性があったということです。

森:政子というと、普通は「頼朝の妻」と思われるでしょう。あれはちょっと違うんで、頼朝が政子の旦那なんですよ(笑)。

伊藤:クリントンだ。

山崎:政子は日本の女性史上でも抜群の人物です。自分の父と子どもと夫を犠牲にして、つまり家庭を犠牲にして政治思想を貫いた唯一の女性と言っていいんじゃないですか。結局、子供三人を殺したわけでしょう。

五味:まあ、それ以外にもあるようですね。

山崎:夫も殺したという説まであるくらいですから(笑)。

伊藤:日本の悪女の典型ですな。

山崎:良きにつけ悪しきにつけ「公」を「私」の上に置いた女性ですよ。

森:やっぱり頼朝はあくまでも政子の亭主や(笑)。

丸谷:それでは、政子さんで東国的なものを代表させますか。

五味:すべての代表という意味なら、ぼくも納得します。



--- 伊藤、五味、丸谷、森、山崎『日本史を作った101人』講談社(42〜44頁)---