佐倉哲エッセイ集

キリスト教・聖書に関する

来訪者の声

このページは来訪者のみなさんからの反論、賛同、批評、感想、質問などを載せています。わたしの応答もあります。


  ホー   キリスト   聖書の 間違い  来訪者 の声 

めっちさんより

99年12月15日

エホバの証人

はじめまして。

ここには、リンク集で紹介されていたので、訪ねてみました。

私は7年間不活発のエホバの証人で母と弟が熱心な信者として今でも活動しています。

私も現役の時、やはり1914年「終わりの時」説を何の疑いも無く信じていました。また、それを伝道で必死にふれつげてきました。

組織を離れたのは、大学に入って宗教自体が私にとって必要がなくなったと感じたからです。

でも、物心がついた時から教育されてきたので、潜在的に予言についてやはり今でもひっかかっていたので、このHPでそのことがテーマにされていたので真剣に読みました。

エホバの証人の根幹になっている1914年説がこんなにも脆いものにだったのには驚きでした。しかし、組織に入っている人たちは、この間違いについては、全く気づかないまたは、知ろうにも、組織から供給される出版物以外は読んではいけない、読むと悪霊がつくといわれ、完全に情報統制されているので、母と弟にこの間違いを指摘しても、きっと私が悪霊にとりつかれたといって、取り合わないと思います。このインターネットも使用を禁じているので、私がこれを使ったこと自体が問題になるだけで、家族といえども接触を組織は禁じると思います。

真実はここにあるのに、どうしようもないという無力感を感じます。

またここに来ます。

それでは。



作者よりめっちさんへ

00年1月16日

エホバの証人の1914年説は聖書的には決定的に破産したと考えます。そして、そのことによって、1914年説を説いてきたエホバの証人の組織の教えが必ずしも神の教え(真理)ではないこと、言い換えれば、エホバの証人の組織の方針が必ずしも神の意図ではないことが明らかにされたものと思います。

個人であろうと、集団であろうと、みずからを神の代理と思い込み、神と人々とに間に割り込んで、いつでもどこでも啓蒙してやろうと身構えている人々の主張は、たとえそれが「1914年説」のような荒唐無稽なものであろうと、徹底的に吟味してあげねばならないと思います。

しかし、人々が真実を知ることよりも、自分の救い(幸福)を優先するとき、いかなる真理の発見もその人にとっては無駄なものとなるでしょう。自分が救われることを信じるための「信仰」という恐ろしい人間の行為は、そのためには、非真理も真理と思い込み、真理も非真理と思い込むことを可能とする麻薬だからです。

人間の生き方には二通りあると考えられす。いかなる結果になろうと真実を求める高貴な生き方をよりすぐれた価値とするか、それとも、幸福のためには嘘やあやしげなドグマも真理(「あなたはガンではない」)だと信じる生き方をよりすぐれた価値とするか、その二つです。もし、後者を採る人々が多ければ、オウムやエホバや幸福の科学などの新興宗教はこれからも商売繁盛することでしょう。もし、前者を取る人々が多ければ、あたらしい文化の創造をみることとなるでしょう。

おたより、ありがとうございました。


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