歴代誌第二16章1節には、「アサの治世の第三十六年に」バアシャがユダに 攻め上ってきたとあるため、ある疑問が生じています。というのは、アサの第3 年に始まった24年間しか続かなかったバアシャの治世は、アサの治世の第36年よ り10年ほど前に終わっていたからです。(列王第一 15:33)これを書写上の誤 りとする人もいれば、これはアサの治世の第16年または第26年のことを指してい るのだと考える人もいますが、記述の調和化を図るために、そのような誤りがあ ったと仮定する必要はありません。ユダヤ人の注解者たちが引用する「セーデー ル・オーラーム」によれば、その第36年は独立したユダ王国が存在するようにな った時から数えられ、アサの第16年にあたる(レハベアムは17年間、アビヤは3 年間治めており、アサの治世は今や16年目であった)とされています。(ソンキ ノ版聖書、ロンドン、1952年、歴代第二 16章1節の注解) アッシャー大司教も この見解を取りました。それで、「戦争は、アサの治世の第三十五年[実際には 第十五年]に至るまでは起こらなかった」と述べる歴代誌第二 15章19節と、 「アサとイスラエルの王バアシャとの間には、彼らの生涯中、戦争が起きた」と 述べる列王記第一15章16節との表面的な食い違いも、その二人の王の間で一度紛 争が起きた後、ハナニが予告した通り紛争が続いた、と考えれば説明できるでし ょう。―歴代第二 16:9。