佐倉哲エッセイ集

日本が世界征服者となるための条件

佐倉 哲


1996年6月16日



日本の失敗

西欧キリスト教文明の特徴の一つは、自己の信ずるところを絶対化し、それを他人に押し付け、支配することである。 日本はこの西欧キリスト教文明の特徴をまねしたとき、いつも大きな失敗をした。17世紀、明国を支配しようと陰謀をくわだてていたバテレンたちの影響を受けて、豊臣秀吉は、彼等をだしぬいて明国を支配する野望を持ち、朝鮮半島征服を始めたのであるが、結果は手痛い敗北と朝鮮民族に与えた苦痛だけであった。19世紀、黒船の力で開港させられた日本は、同じ手口で朝鮮を開港し、20世紀には、ロシヤ、英国、フランス、アメリカに習って、アジア諸国の植民地化に本気で乗り出したのであるが、やはり壊滅的敗北を経験し、語り尽くせない苦痛をアジア諸国民に与えた。


征服者の条件

日本は世界征服者になる素質をまったく持っていない。世界征服者になるためには三つの条件が要求される。まず、(1)経済力を含めた広い意味での軍事力。次に(2)自己の価値観や正義を普遍的なものであると思い込む自信。そして(3)自己の支配は被征服者のためであるという善人意識である。しかるに、日本が持っているのは軍事力だけである。


日本の侵略戦争

軍事力だけで支配しようとすれば、決死的反抗と虐殺的抑圧の悪循環、そして壊滅的最後が待っているだけである。しかも、戦いの初期の段階で成功すればするほど最終的勝利の幻想を抱くようになるから、予期もしなかった反抗に出会うと、極度に戸惑い、その抑圧にますます狂暴性が増し加わる。むき出しの力だけが支配の方法だからである。日本軍の「悪逆無道」の行為が、当の本人にとってさえ、なぜあんなことができたのか理解に苦しむ、という現象を生むのは、日本の侵略は軍事力だけをもって押し進められたからである。日本の戦争は明らかに侵略戦争であった。しかしそれは、西欧キリスト教植民地主義の侵略が計画的で理性的でシステマティックで善意の侵略であったのとは対照的に、日本のそれは発作的でおろかで一時的で悪意の侵略であった。


結論

世界征服者に必要な素質を持っているのは一部の西欧文明だけであろう。わたしたちはその典型を旧ソビエト共産主義やアメリカ合衆国に見ることができる。冷戦時代は、この二つの国家が互いに敵対する水と油のような両極端の世界であるという図式を描いていたが、長い人類歴史のなかで見れば、かつてのポルトガルとスペインのように、武力を背景に自己の正義と善を世界中に押し付け、自己の勢力範囲を拡大しようとする西欧キリスト教文明という一本の木が二十世紀に咲かせた二つの花だったのである。日本人は、自己の価値観や正義を普遍的なものであると思い込む自信や、自己の支配は被支配者のためであるという善人意識など、彼らが持っている世界征服者に必要な素質を本質的に持ち合わせていない。日本は世界征服者としてまったくふさわしくないのである。