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アメリカとは

--- アメリカの自己解釈 ---

佐倉 哲


アメリカとは何か。好きであろうと嫌いであろうと、世界はアメリカとつき合って行かねばなりません。しかし、そのためにはアメリカとは何か知っておかねばなりません。本文は、建国以前から今日までの典型的な、アメリカ人自身の自己解釈の言葉を集めたものです。

1997年3月3日更新



ジョン・ウインスロップ

主はわたしたちの神であり、主の民であるわたしたちのなかに臨在されることを喜ばれ、わたしたちの行く手に祝福を与えられるのだから、今まで以上にわたしたちは主の知恵と力と善と真理を見るであろう。わたしたちのうちの十人が千人もの敵を相手にすることが出来るのを見るとき、また、わたしたちの植民地の成功を見て人々が「主よ、ニューイングランドのようにして下さい」と賛美と栄光を表白するようになるとき、わたしたちはイスラエルの神がわたしたちのなかに臨在されることを見いだすであろう。なぜなら、わたしたちは「丘の上の町」なのだ。全世界の人々の目がわたしたちに注がれていて、もし始められたこの仕事に関してわたしたちの神に不忠実であれば、神はわたしたちから去ってしまわれるのであり、わたしたちの物語は世界中に言葉によって知られるようになるからなのだ。(マサチューセッツ・ベイ植民地の初代総督、「Norton Anthology of American Literature」より)


ジョージ・ワシントン

世界中のあらゆる気候・風土を合わせ持ち、生存上のあらゆる必需と便宜に恵まれた大陸の広大な広がりの領主、所有者として、もっとも羨望されるべき立場にあるアメリカの市民は、最近の満足すべき平和の到来によって、いまや、完全なる自由と独立を有するものと認められた。かれらは、この時期以降、人間の偉大さと至福の垂範のために、神が特別に設け給うたかのごとき際だつ舞台上の役者たちとみなされるべきなのだ。 (初代米国大統領、山本幹雄著「ジェファソン」より)


ハーマン・メルビル

我々アメリカ人は、特別な、選ばれた民である --- 現代のイスラエルびとなのだ。つまり我々が、世界の自由を積んだ箱舟をもっているのだ。(中略)神の運命づけにより、我々の人種から偉大なものが生まれることを人類は期待している。そして我々は、自らの魂の中にその偉大なものがあるのを感じている。他の国々にもまもなく我々に続くに違いない。(中略)我々は長い間、我々自身に疑いを抱き、実際、政治上の救世主が到来したか否かについて疑いを持っていた。しかし、救世主はわれわれのうちにおられるのだ。(「白鯨」などで知られる作家、シュレンシンジャー「アメリカ史のサイクル」より)


ジョサイア・ストロング

いまや、人類の歴史上はじめて、この [ヘブライ人・ギリシャ人・ローマ人という] 三つの偉大な糸が、優勢な一人種の指の間を通り、新しい時代の単一のすぐれた文明に編み込まれるのだ。この文明の完成は神の王国の実現であろう。(中略)すべてが結合して一つのアングロサクソン人種となるのであり、このことは、この人種が、地上における神の王国の実現に備えるのに最もふさわしい、したがって神の選んだ民である、ということを示している。(牧師、シュレンシンジャー「アメリカ史のサイクル」より)


アルバート・J・ベバリッジ

神はイギリス系およびチュウトン系の人々を虚飾と怠惰な自己満足のためだけに千年もの間、備えさせてきたのではない。(中略)神は、われわれ全人類のなかからアメリカ国民を、神の選民として、最終的には世界の再生における指導者になるように運命づけたのだ。(シュレンシンジャー「アメリカ史のサイクル」より)


ウッドロウ・ウイルソン

アメリカは世界で唯一の理想主義的な国家だ。この国民の心は純粋だ。この国民の心は誠実だ。(中略)それは歴史の理想主義的な偉大な力である。少なくとも私は、誰よりも深くアメリカの運命を信じている。人類の自由のために貢献するエネルギーを、アメリカは他のどの国よりも持っていると、私は信じている。(中略)アメリカは自らの運命を全うし、世界を救うという、計り知れないほどの特権を持っていた。(大統領、シュレンシンジャー「アメリカ史のサイクル」より)


リチャード・ニクソン

アメリカの奇跡は、それが「神の下に統一された国家」だということにある。(中略)アメリカが偉大な国になったのは、主としてわれわれが強い宗教的信仰のなかで生まれかつ育てられたからだ。(大統領、「ニクソン、わが生涯の戦い」より)


ジミー・カーター

第二次世界大戦後、アメリカの力が頂点にあった時でも、われわれは敗戦国の日本やドイツを属国にしようなどとはしなかった。両国に過重な懲罰を課して、戦争の惨禍から永久に立ち直れないようにしようともしなかった。われわれは反対のことをした。軍国主義国家だった両国が、民主的で平和的な政府を組織するのをリードしてやったのである。

わが国は、勇気と慈愛、誠実、人権と自由への貢献で、国際社会の手本とならなければならない。 (大統領、「カーター回顧録」より)


ロナルド・レーガン

この神聖なる土地が特別にとっておかれたものであること、神の計画によって、この偉大な大陸は二つの大洋の間におかれ、信仰と自由をとくに愛する人々が世界各地から来てこの大陸を見つけるようになっていたことを、私は常に信じてきた。(大統領、「アメリカ史のサイクル」より)

[世界の悪は] 我々が、それに全力で反対するよう、聖書と主イエスに命じられている。(同上)


ジョージ・R・パッカード

日本のニュースキャスターが、日本人小学生40人を対象にした調査結果を報じたとき、アメリカ人はショックを受けた。アメリカ主導の連合軍と、イラクでは、どちらが正しいかと聞かれて、その40人全員が「どっちも悪い」と答えたというのである。わたしたちアメリカ人はそれをどう理解してよいかわからなかった。(中略)アメリカは国内の世論を結集・統合して戦争行動に出ることができたが、これは日独伊三国を相手とした第二次世界大戦以来、始めてのことであった。国を挙げて正義の戦いに遠征するために必要な要素が、ほぼ揃っていたからである。その要素の第一は、国民の支持であった。ブッシュ大統領は、国民の支持の下に、サダム・フセインを、ヒットラーと同視して、罰することができた。フセインは、悪の権化、悪魔の化身だった [からである] 。 (元ライシャワー駐日大使補佐官、「アメリカは何を考えているか」より)

[アメリカ人は] 自分たちが、別格の民族で世界一になるべく運命づけられている、と信じている。(同上)


ジェームス・ファロウズ

他国がみなパンクしたなかで、戦争で自国の産業を新しく拡張したアメリカは直接的な生産競争ですべての競争相手を完敗させることができる状況にあった。しかしアメリカは輸入品に市場を開放し、マーシャル計画によって各国が何かアメリカに輸出できるようなものを生産できる工場を建てるようにしてやった。(ジャーナリスト、カーター大統領のスピーチライター、「日本封じ込め」)


ウォールストリート・ジャーナル紙、社説

「アジアにおける堕胎問題」

香港における期限切れは、来年から始まる中国による支配への交代だけではない。地方の医療関係が予定どおり行えば、1997年は、妊娠治療のためにカップルが病院に残した冷凍卵子が政府関係によって絶滅され始まる年となるであろう。香港のこの法律はイギリスの法律とよく似ているように思えるかも知れない。先月、イギリスは約3200の冷凍卵子を死滅させる命令を出して、倫理的大騒動を巻き起こし、今でも西欧社会の大部分でそれに対する怒りはおさまっていない。

西欧の産児計画の選択能力の多くが、技術によってアジアにももたらされのであるが、この誰が生存するかを決定する上での思い切った処置に関する西欧社会での大論争は、アジアではほとんど見られない。何万人ものアジア人女児が人口図から消滅したように、そこではそれに対する道徳的苦悩を見いだすことが困難である。

この気味の悪いほどの沈黙は無関心を意味しているわけではない。昨年の調査リポートによれば、中国のある病院の勤務者が、堕胎児を健康食品や若返り品として売っていたというが、これは世界の通常な人たちに衝撃を与えた。他方、北京政府による堕胎強制や他の奇怪な人口政策は、近隣諸国が中国に関して身震いする数多くの事実の長いリストの中に、埋没し忘れられがちである。

また、アジア諸国にとって恐るべきことは、彼ら自身の社会の生成や消滅の仕方において、彼らは認めたくないだろうが、彼らの多くのやっていることも、中国のそれとあまり変わりがない、という事実である。日本を例にとってみよう。この国では安全で近代的な不妊薬が禁じられているが、それがこの国を世界でもっとも堕胎率の大きな国にしている。これについてはいろいろな説明がなされているが、その中でももっとも説得力のある一つが、薬を売るより堕胎した方が日本の医者は儲かるからである、というものである。そういう考え方は実に悪徳に満ちているものだが、それよりももっと不吉な事実は、広島と長崎に対して悲しむことを止めようとしないこの国で、年間平均35万近くの堕胎児に対して、ほとんど誰一人として涙を流そうとしないことである。

誰も、堕胎問題におけるアメリカのような苦渋に満ちた論争を、アジア人に望むものはいない。しかし、アメリカ人は、他の幾つかの国の人々とともに、少なくとも、我々の時代における、一つの避けることのできない新しい旅を始めたのである。アジアの大部分では、健康な子を産むためのはずの技術が、今彼らを抹殺するために利用されていて、しかも誰も反対するものがない。ほとんどすべてのケースがそうであるが、犠牲者は、ソノグラムによってその性が明らかにされておろされる羽目になった、女の胎児である。その一つの結果として、男児を尊ぶ韓国、インド、中国、台湾、および他の国においての、男女の比率がすでにそのバランスを崩している。性別を理由にした堕胎は、ほとんどの国では禁じられてはいるが、実際に取り締まることは難しい。

このことが社会的経済的に意味することは大きい。ある中国人の役人が言う、「今世紀の終わりまでに、わが国は約7千万人のどうしようもない独身男性群団を持つ可能性がある」と。タイの北部から中国へ嫁を密入国させているという報告もある。人口問題の専門家によれば、大量のアジア系男性が、牛が草をさがすように女性を求めて、大移動することを防ぐにはもう遅すぎるという。

大きな目で見れば、女性の不足は女児の価値を突然高めることになる。しかし、そこに至るまでには、何千何万の女児が殺されるであろう。事態は、それから何万の男児を堕胎することによってのみ改良されることになるであろう。そうする中で、人間の子供たちの価値はは単なる商品に成り下がってしまうであろう。

つい最近まで、アジアの大部分の人々は自分たちが生き延びて行くのに忙しく、重要な道徳的問題について考える暇を持たなかった。しかし、少し余裕が出来るようになると、とたんに、民主主義について語りたがるようになった。現在では、環境問題や動物保護問題がそうである。しかし、彼らが一人の人間の価値について考える暇を持つようになるのは、いったいいつのことになるであろうか。(96年9月12日付)


ウイリアム・ハドソン

われわれアメリカ人は、諸外国の人々がときどきアメリカのシンボルと諸制度とを手本にしてきたことを誇りに思い、また諸外国に対して何はばかることなく彼らの民主主義のあるべき姿を説く。アメリカ人は、自分たちの民主政治の諸制度を価値ある一つの輸出品目として考えることがよくある。おそらくこうした考えの中には傲慢さや自画自賛的要素が少なからず含まれているであろう。しかし私は、このような自己イメージの中にも、世界中の人々がアメリカの実践例から利益を得るであろうという、ほとんどのアメリカ人が抱く純粋で誠実な願いが投影されていることを、アメリカ民主主義から学ぶ諸外国の人々に汲み取っていただきたいと思う……。現代アメリカの民主主義に関する私の著作の日本語版である本書は、民主主義の成果というよりはむしろその欠陥に光をあてているとはいえ、やはり民主主義を教え広めるという同じアメリカの伝統の延長線上にある。 (プロヴィデンス大学政治学部教授、1996年日本語版『民主主義の危機』「日本語版への序文」宮川公男・堀内一史訳)