聖書の間違い

アブラハムの生まれ故郷はどこか

--- カルデヤのウルかそれともハランか ---

佐倉 哲


イスラエルの祖先アブラハムは神から「生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい」と命をうけるが、そのときアブラハムはすでに「生まれ故郷、父の家」であるウルを離れてハランという地に住んでいたのである。このことが示すように、聖書はアブラハムの生まれ故郷あるい召命の地について、ウルであるという伝承とハランであるという伝承の二つが入り交じって混乱している。



アブラハムはどこで神に召命されたか?

創世記におけるアブラハム召命の物語に従うと、父テラは息子アブラムやアブラムの妻サライやハランの息子ロトを連れて、故郷ウルを離れてカナン地方に向かう途中、ハラン地方にとどまった。そこで、父テラは死ぬが、神がアブラムに現れ、「わたしが示す地に行きなさい」と命令される。それで、「アブラムはヤーヴェの言葉に従」い、妻やロトを連れて「ハランを出発」した、と記しています。

:後に「アブラム」という名は神の命で改められ「アブラハム」となる。同じく、妻サライの名も「サラ」と改められる。

創世記 11:27-12:4
テラは、息子アブラムと、ハランの息子で自分の孫であるロト、および息子アブラムの嫁であるサライを連れて、カルデヤのウルを出発し、カナン地方に向かった。彼等はハランまでくると、そこにとどまった。テラは二百五年の生涯を終えて、ハランで死んだ。ヤーヴェはアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上のすべての氏族はすべてあなたによって祝福に入る。」アブラムはヤーヴェの言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムはハランを出発したとき七十五歳であった。
注意深く読むと、ここにはひとつ妙なところがあります。神がアブラハムに向かって「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。」と言っていることです。なぜなら、このときアブラハムはすでに父テラに「連れ」られて、「生まれ故郷、父の家」であるウルを離れて、ハランの地に来ていたからです。つまり、ここにはアブラハムの故郷に関してウルかハランかという混乱があるのです。


新約聖書のある記録

アブラハム召命の物語が書かれて数世紀を経て書かれた、新約聖書の「使徒行伝」の著者は、アブラハムが神から命令を受けたのは彼がまだ「メソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき」である、と信じています。メソポタミアとはもちろんウルのある地方ですが、ここで、わざわざ「まだハランに住んでいなかったとき」と断り書きをしているのは、アブラハムの故郷あるいは召命された土地に関して、ユダヤ人の伝承の間に混乱があり、この問題に関して、「使徒行伝」の著者は、メソポタミアのウルこそがアブラハムの故郷であり召命された土地であるという、自分の信念を主張していると考えられます。

使徒行伝 7:1b-4
わたしたちの父アブラハムがメソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき、栄光の神が現われ、「あなたの土地を離れ、わたしが示す土地に行け」と言われました。

しかし、「使徒行伝」の著者の信念にもかかわらず、最初に引用したように創世記の記録(11:27-12:4)を素直に読めば、神がアブラハムに現れて命令するのは彼がハランにいたときだったのです。だから

アブラムはヤーヴェの言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムはハランを出発したとき七十五歳であった。
と記しているのです。しかも、次に示すように、ハランがアブラハムの召命された土地であるだけでなく、アブラハムの故郷であったことを示唆する記録もあることから、ハラン説も有力とみなすことができます。


息子イサクの嫁探し

年老いたアブラハムは、息子イサクの嫁探しのために一人の年寄りのしもべに、「わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れてくるように」、と命じます。ところが、見つけだした娘がこの土地に来たくないというかもしれないことを心配するこのしもべは、その場合、イサク本人を「あなたの故郷」に連れていってもいいかと問うのですが、アブラハムは「決して、息子をあちらへ行かせてはならない」と答えて、これをゆるさないのです。なぜなら、「天の神であるヤーヴェは、わたしを父の家、生まれ故郷から連れだし、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束して下さった」からである、と言います。そして、このしもべが行くところが、実に、アラム・ナハライムのナホルの町、つまりハラン地方なのです。

創世記 24:2-9
アブラハムは家の全財産を任せている年寄りのしもべに言った。「手をわたしの腿の間に入れ、天の神、地の神であるヤーヴェにかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れてくるように。」
しもべは尋ねた。「もしかすると、その娘がわたしに従ってこの土地へ来たくないと言うかもしれません。その場合には、御子息をあなたの故郷にお連れしてよいでしょうか。」
アブラハムは答えた。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。天の神であるヤーヴェは、わたしを父の家、生まれ故郷から連れだし、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束して下さった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこからわたしの息子に嫁を連れてくることができるようにしてくださる。(中略)」
そこで、しもべは主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを誓った。しもべは主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。
この物語りはイサクの嫁となるリベカを探し出してハッピーエンドになりますが、明らかに、ここではハランこそがアブラハムの故郷であり召命された土地である、という伝承にしたがっていることがわかります。

:リベカの出身地であるこのアラム・ナハライムは別名パダン・アラムとも呼ばれ、それがハランの地であることは創世記28:1-29:5を参照。


結論

このように、アブラハムの故郷あるいは召命された土地に関して、聖書の記録には混乱が見られます。一つの伝承によればメソポタミアのウルであり、他の伝承にしたがえばハランの地ということになるのです。